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翔ける天狗の人隠し


ある初夏の真昼の事である。幻想郷の空を一羽の天狗が翔けていた。天狗は夜の帳を裂く流星の如き速さで人里を見下ろしつつ南へ飛んでいる。まるで太陽に向かうかの様な飛翔ではあったが,しかし彼方に消えた天狗は幾許かの間を置いて再び北から現れ,やはり人里を通り南へ消えるのだった。そしてその都度強風が人里を叩いた。

この不可解な行動は町人の目にも奇異なものであり(常に北から現れるのは博霊大結界による所ではあるのだが),中にはすわ異変かと訝しむ者もあったが,博霊の巫女は動かない。汗ばむ陽気に風が心地よかったのもあり,次第に興味は各々の田畑や目の前の話し相手に戻っていった。

そんな景色が半刻続いた頃,不意に一際の突風が里に吹いた。町人たちはおお今のは凄いぞ,春告精の一番風以上じゃ,と呑気に喜ぶばかりだったが,このとき一人の幼子が里から消えた事に,時点では誰も気付いていない――。


巫女は天狗を一瞥するも,呆れたような顔で茶を啜るのみである。









幻想郷において人隠しを行う妖怪を一つ挙げろと言われれば票が割れるだろうが,三つであればほぼ全員が同じ答えを出すであろう。即ち八雲・鬼・天狗である。しかしながら八雲は人里の人間に手を出さないと公言しており,鬼は最近になり再び存在が認知される所ではあるものの,ここ数期は目立った動きも無く酒を浴びるのみである。天狗に関して情報は無いが,少なくとも時折,町人が突如消えているのは確かである。

人を隠す手段についても天狗は不明な点が多い。八雲が隙間を操り人一人を攫う程度は容易く,鬼は正面から堂々と現れ人を攫って(奪って)行くだろう。では天狗はどうだろうか。今日は都合よく天狗のブン屋が屋敷に現れたので,思い切って話を聞いてみた。以外にも彼女,射命丸は嬉しそうに――但し一切の公言はしないとの条件付きで――『天狗隠し』について語った。

「天狗が人を隠す時,どこぞの隙間妖怪のような能力を誇示するやり方や,まして鬼のような力任せで無粋な手段は取りません。我々はただ風を起こします。天狗風が境界を綻ばせ人間をこちら側へ引き寄せるのですよ」

ではその腰の物を? と団扇を指すと,違いますと即答された。

「これを使って風を起こしたのでは唯の神通力。八雲の隙間攫いと本質の部分で変わらないではないですか。我々はこの身一つで風を吹かせます。天狗は天狗という名の妖怪として分類こそされますが,内実は烏から狗,天魔まで様々でしょう? しかし人を隠す時の我々は例外なく化現した風そのものであり,自然崇拝の対象であり,或いは風神としてただそこに在るのです。天狗の多様性を実に良く現した事象ではありませんか!」

捲し立てた彼女は茶を一息に呷り,湯呑みを置くと同時に風が吹いた。瞬間,目の前からブン屋の姿は消えていた。彼女の話は正直な所理解しかねる部分もあったが,この奔放さは確かに風の様だな,と一人ごちた。


   (以上,稗田の手記より抜粋)








天狗による神隠し,いわゆる天狗隠しの手法を考えたとき,身体能力に任せて人に見つからぬよう対象を攫うのはどこか間が抜けているし,神通力に頼っては面白みに欠けるなァと思った。そこで浮かんだイメージが『風に目を瞑り,次に目を開くとさっきまで居た人間が消えている』という物である。

この『風と共に境界を越える・切り替わる』イメージは誰もが持っている普遍的な物であると思う。例えば『千と千尋の神隠し』の冒頭においては,門を出た千尋を風が追い立てる,直接的ではないにしろ境界を越えさせんとするシーンがある。

勿論アニメ的な表現以外にもこのようなイメージは過去より存在しており,遠野物語中の一編『寒戸の婆』においては,神隠しに逢った女が三十年の後,風の強い日に老いた姿で戻ってくる話が綴られている。風は境界を綻ばせ,あるいは境界を飛び越えるのだ。

次に考えたのはどうやって天狗は風を起こすのか,という所だが,天狗の団扇より先に流星としての天狗が連想された。あまり知られていない事とは思うが,文献に天狗という名前が出てきたのは流れ星を天狗と指す記述が最も古い。

何より,幻想郷の流星・射命丸文が飛ぶ,それだけで風が吹き境界は緩み,人は為すすべ無く巻き込まれる。そんなシーンが格好良いと思ったので僕の中の天狗攫いのイメージが固まってしまった。

そんな天狗は妖怪の種としては特段の多様性を持っており,受ける信仰も仏教的な側面から自然崇拝の形,直接的に神と立てる物や妖怪へのそれまで様々である。神隠しはその背景に山岳信仰を有する事が多く(沿岸より山間部の方が神隠しのロケーションとして合致するように感じるでしょう?そういう事です),しかし幻想郷には神奈子様という山の神がおわすので,あくまで風の権化としての天狗が人を攫う,『神に近い信仰対象としての天狗』というのが落とし所かと思った。



余談。『少女其の名は天津甕星』というサークル:ホットドッグチャック氏による同人誌がある。この本は冒頭に天狗=流星の記述があるものの,本編中の文ちゃんおっぱいがとっても柔らかそうなので(R-15)そちらばかり記憶に残ってしまう。

天津甕星


こういった,天狗と流星を結びつける二次創作が増えて欲しいとなんとなく思った。
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